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鳥取地方裁判所 昭和24年(行)16号 判決

原告

沢田勇吉

被告

主文

原告の請求は之を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

被告は原告に対して金五万六千六百六十四円を支拂はねばならない。訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、請求原因として、

鳥取県知事は原告所有に係る別表記載の宅地を自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)に依り金九百三十六円の対価を以て買收し昭和二十四年三月二十七日その買收令書を原告に交付した、然し右宅地の時価は同表記載のように合計五万七千六百円であつて前記買收価額は之に比較して著しく低廉である、抑も自創法第十五條によつて買收される宅地は同條第三項の牧野以外のものに該当するから買收の対価は時価を参酌して決定すべきものであり又その時価とは買收当時に於ける一般市場取引価額を指すものであるから宅地買收の対価の算定に際しては買收当時の時価を参酌して決定すべきであるのに拘らず本件の買收価額は一般市場取引価額の二十分の一乃至八九十分の一に過ぎない著しく不当な廉価であつて全く時価を無視したものである、そこで本件宅地の一般取引価額の最低価額金五万七千六百円から前記買收価額金九百三十六円を控除した差額金五万千六百六十四円の支払を求める為め本訴に及んだ旨陳述し被告の答弁に対し本件宅地買收価額が被告主張のような基準によつて算定されたものであることは之を認めるか宅地の買收価額を算定するに当つてこのような基準によることは自創法第十五條に宅地の買收対価は時価を参酌して決定すへき旨の規定の趣旨を没却したものであつて違法である。又前述のような時価に比して著しく不当に低廉な対価を以て私有財産を強制買收するのは自作農創設に名を籍りた財産権の侵害であつて憲法第二十九條第三項に違反するものであると述べた。(立証省略)

被告指定代理人は主文と同旨の判決を求め答弁として鳥取県知事が原告主張のように原告所有の別表記載の宅地をその主張のような対価で買收処分を為し原告主張の日その買收令書を原告に交付したことは認めるがその余の原告主張事実は之を否認する本件宅地の対価は自創法施行令第十一條昭和二十二年農林省告示第七十一号財産税法第二十五條第二十六條同施行規則第二十條に従ひ各その賃貸価額に所轄財務局長の定めた夫々の倍率を乘して算定したものであつて本件の買收価額は時価を参酌した適法な対価であるから原告の請求には応じ難いと述べた。

理由

鳥取縣知事が原告所有に係る別表記載の土地を自創法第十五條により同表記載の対價で買收しその買收令書を昭和二十四年三月二十七日原告に交付したこと並にその対價が自創法施行令第十一條に則り中央農地委員会の決定した宅地の対價算定基準に從ひ本件宅地の夫々の賃貸價額に財産税法に定めた倍率を乘して決定されたものであることは孰れも当事者間に爭のないところである、原告は本件買收対價は時價に比較して著しく低廉であり且宅地買收の対價は自創法第十五條第三項により時價即ち一般市場取引價額を参酌して決定すべきであるに拘らず本件宅地の対價は一般市場取引價額の二十分の一乃至八、九十分の一に相当する甚しく不当廉價な対價であつて全然時價の参酌が考慮してないと謂はねばならない又被告主張のように本件買收対價が自創法施行令第十一條に定める基準によつて算定せられたものとしてもかような基準によること自体が自創法第十五條に謂ふ時價参酌の趣旨を沒却したもので違法であると主張するので按ずるに自創法が農地改革に関する連合國最高司令官の覚書の趣旨に從ひ耕作者の地位を安定しその労働の成果を公正に享受させるため自作農を急速且廣汎に創設し又土地の農業上の利用を增進し以て農業生産の発展と農村に於ける民主的傾向の促進を図ることを目的として制定されたものであり又自創法第六條が農地の買收價額は田にあつては当該賃貸價額に四〇を、畑にあつては当該賃貸價額に四八を乘して得た額の範囲内で決定すべきことを定め、自創法施行令第十一條が法第十五條によつて買收する宅地の対價は中央農地委員会の決める基準によらねばならないことを定め同委員会は昭和二十二年農林省告示第七十一号を以てその対價は宅地の賃貸價額に財産税法に定める倍率を乘じて得た額の範囲内とすることを決定してゐること並に自創法第十五條第三項に於て前項において準用する第六條第二項の対價は牧野にあつては命令の定めるところにより…………時價を参酌し牧野以外のものにあつては時價を参酌してこれを定める。と規定したのを昭和二十四年六月二十日法律第二一五号農地調整法の一部を改正する等の法律第八條で右自創法第十五條第四項として、前項において準用する第六條第二項の対價は命令の定めるところにより牧野にあつては…………時價を参酌し、牧野以外のものにあつては時價を参酌してこれを定める。と改正したこと更に又農地の買收に附帶して農地の利用に密接な関係ある宅地の買收は自作農創設の目的逹成のため農地の買收と同一視すべきであり從つてその買收の手続は勿論その対價も亦農地の買收に準じて決定すべきであることに想倒するとき自創法第十五條第三項の趣旨は宅地の買收價額は命令の定めるところによつて時價を参酌すべきであり單に漫然と時價を参酌して決定するのではなく命令の定めるところ換言すれば命令の範囲内に於てのみ時價の参酌を許されるものと解する從つて本件の宅地買收の対價が前述のように自創法施行令第十一條に則り中央農地委員会の決定したところに依つて当該宅地の賃貸價額に財産税法に定めた倍率を乘して得た金額であることに爭がないからその対價は自創法第十五條に則り命令の定めるところによつて時價を参酌して決定した適法な対價と謂わねばならない。

次に原告は本件の買收價額は時價即ち一般市場取引價額に比較して二十分の一乃至八九、十分の一に過ぎない不当に低廉な対價であつてこのような対價を以て私有財産を買收するのは憲法第二十九條第三項に違反するものであると主張する、なるほど本件の買收対價が一般市場取引價額に比較して著しく低廉であり從つて財産権に対する完全な補償でないことは一應首肯できる然し自創法制定の趣旨が前述のように我國のポツダム宣言の受諾により之を誠実に履踐するため我國の封建的な農地制度を改革し自作農の急速且廣汎な創設による農村の民主化を企図した施策であることに鑑み之を遂行することは日本國民に課せられた至上の義務であつて之がためには國民の権利義務に重要な制限若しくは変更を來すことも固より当然と謂はねばならない、從つて私有財産を收用又は使用するについて権利者が蒙る損失も或程度之を忍受することが我國の現状に照して社会通念上妥当と認められる範囲に於ては一部の補償も亦正当な補償とせなければならない。本件宅地買收に当つて財産税法の定めるところによつて所轄財務局長の定めた当該宅地の賃貸價格の五〇倍に相当する対價を決定したことは前述のような諸般の事情に照して妥当を欠くものとは解し難く從つて之を以て、憲法第二十九條第三項に違反するものとは断ずることができない。以上の理由によつて原告の本訴請求は爾余の点について審究するまでもなく失当と認め訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

(石見 大倉 柚木)

(目録省略)

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